29/12/2005

扶餘行って来ました

思い出作りシリーズ第5弾.今回は忠清南道は扶餘(ぷよ)に行って来た.百済の都だったところです.

朝8時10分に龍山駅から出発しようと思ってたんだけど,朝起きたらなぜか8時15分.仕方ないのであわてて準備をして急いで龍山へ向かって,9時20分発のKTXにぎりぎりで乗ることに成功した.とりあえず,それに乗って西大田駅まで行く.時間は約1時間.KTXってすてき.その後,無窮花号に乗り換えて論山まで行く.論山駅は駅の改札の反対側や改札を出て左の方へちょっと歩いて行った所のが栄えていて,改札前の道路はかなりさみしい.改札の反対側に市外バスターミナルがあるんだけど,ぼくが持っているガイドブックにはそんなことは出ていない.駅を出て右に少し行くとある,덕성여객というバス会社の一般バスに乗って扶餘まで行く.所要時間は1時間弱.ちなみに,市外バスターミナルから乗ると,そっちのバスでは30分で着く.かなり渋いところを通って行った.車内放送はなし.みんなあそこの橋の前で下ろしてくれとか言って降りていく.バス停はあまり関係ない模様.扶餘に着く少し前に百済王陵ってのがあって,バスから見ただけだけどなかなかよさそうな感じだった.

到着するとまずロッテリアで腹ごしらえをして,すぐ近くにある定林寺址に行ってみる.といっても石塔が一つと,高麗時代の石仏(しかも結構磨耗している)があるだけだった.僕以外には一般観光客はいなかった.観光ガイドの研修をやってるみたいで,その団体がいただけ.その次はまた近くにある国立扶餘博物館へ.一般大人の入館料は400ウォン.安い.博物館は展示室が4つくらいしかない小さいものだったけど,まあそれなりによかった.国宝287号の百済金銅大香炉がよかったかな.

その後はまたまた歩いて郷校を見たり(門が閉まってたので塀越しに見ただけ)しながら,扶蘇山城へ向かう.百済時代の王宮がここにあったと言われているらしいんだけど,今は百済時代の建造物は残ってなくて,池の跡とか軍倉の跡とかがある.楼とかは何ヶ所かにあるけど,それは朝鮮時代のものをどこかから移転したそうだ.丘と山の中間くらいで,しかも雪が積もっていたのでかなり歩くのは大変だった.なのに,どこから来たのかおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんウォーキングに来ていた.

山の上からは白馬江(日本では「白村江」って歴史で習いましたが)とか扶餘の街が見渡せて,なかなかよかった.1300年以上前に(663年)日本から来た人がこのあたりで戦ってたんだと思うと,景色も何か違って見えます.写真で見てもあまりよくないのでぜひ扶餘に行ったら,扶蘇山城登ってみてください.百花亭のすぐ下には落花岩ってのがあって,百済が滅亡する時に官女さんたちが敵に辱めを受けるくらいなら,自殺してやるってことで飛び降りたらしい.

街の南に宮南池ってのがあったらしいけど,寒いので見には行かず,ターミナルに戻ってきてどこに行こうか考える.温泉に入りたくなって本当は水安堡か温陽に行きたかったんだけど,遠いので一度行ったことあるけど,一番近い儒城に行くことにした.とりあえず,バスで西大田バスターミナルまで行って,市内バスに乗り換えて,国鉄の大田駅へ.もう少ししたら地下鉄ができて儒城も行けるみたいだけど,まだ開通してなかった.ただ,駅とかホームは結構できてたみたい.腹ごしらえをしてからバスに乗って儒城へ.数年前に行った儒城はかなりさびれた温泉街って感じだったんだけど,道路も広くなって,高いビルとかアパートとかも建ってて,違うところに来たみたいだった.以前行ったことがあるリベラホテルの前を通ったらなんと倒産していて,真っ暗だった.近くで温泉がある安宿を見つけて,尋ねると温泉は9時まで.到着したのが8時40分くらい.朝は4時30分から入れるから,朝入れとのこと.仕方ないので部屋で少し休んで,することないから夜の街をぶらぶらして,明日の温泉にそなえて寝ることにした.

No comments: