31/12/2005

中央博物館見て来ました

今年最後の投稿です.

韓国の国立中央博物館が今年の10月28日に龍山に移転してオープンした.実際は二村駅が最寄駅なんだけど.そんでもって,今年中はサービスで無料で入館できるんですね.買い物ついでにちょっと行って来ようということで出かけてきた.

二村駅の2番出口を出て少し歩くと着くんだけど,駅の改札から人でいっぱいだった.ある程度人がいるだろうことは予想してたんだけど,予想を遥かに上回る人だった.どれくらいかと言うと,正門の所から入口まできっと数百メートルはあるんだけど(実際には入らなかったからわからない),そとにさらに100メートル以上の列ができていた.ちょっと大げさに言うと初詣の明治神宮のよう.きっと1月2日からは人がほとんどいなくなるんだろうな.大晦日にみんな博物館に来なくてもいいのにね.建物は現代的な感じで,ぼくは光化門のうしろにあった旧朝鮮総督府の建物を使ってる時がかっこよくて好きだったな.

ということで,博物館は無視して前に行った事があるケーキ屋に.チーズケーキがまあまあおいしかったんだけど,ケーキは売り切れだった.そこで3人でマフィンとカプチーノで一休みして,日本の食材を売ってるお店でおそばとおつゆとおもちを買って帰ってきた.

やっぱり大晦日はおそば.そんでもって,明日はお雑煮ですよね.

清州行ってきました

思い出作りはまだ続きます.儒城で朝7時半くらいに起きて,とりあえず温泉に入りに行く.そこは宿泊客は温泉の入浴料金が2000ウォンと半額だった.お風呂は予想通り普通の銭湯とかわりはない.お湯が温泉なだけ.韓国の温泉にあまり趣を求めてはいけないのです.朝だというのにかなりの人が温泉に来ていた.お湯につかったりサウナに入ったりして出る.9時過ぎに旅館を出て,とりあえずバスの時間を調べるために市外バスターミナルへ.行くと10分後くらいに清州へ行くバスが出る.ということで,朝ごはんは着いてからにすることにしてバスに乗り込んだ.

清州のターミナルは結構大きい.ターミナルの前にロッテマートなんかもある.近くの粉食屋でキンパプとマンドゥを食べる.キンパプは1000ウォンだけどおいしかった.清州の街は道路が広く感じられたり,すごーく高いビルとかがあまりなくて,なんか広く感じられる.

清州に来た目的は何といっても「古印刷博物館」へ行くこと.直指心體要節(白雲和尚抄録佛祖直指心體要節)を売りにしているけど,実物はフランスにあって韓国にはない.金属活字本の世界最古のものであることがわかって,韓国内でも探したらしいけど,現在フランスにある1冊しか存在しない.それは影印しかないので,それよりも「楞厳経」とか「杜詩諺解」が見れたのがよかった.

そこだけじゃ,つまらないので近くにある百済遺物展示館へ行って見た.そこは小さいけど無料で見れて,入口にいたおじさんが案内と説明をしてくれた.ぼくが来たすぐ後に,地元の小学生5年生2人が来たので一緒に説明を聞く.おじさんは小学校の校長先生をやっていて,退職してからボランティアでやってるとのこと.説明してくれるのはとてもありがたかったんだけど,壬申倭乱の話やら百済が日本に何かを下賜したんだけど,日本では贈呈したと教えてる等など怒っていた.歴史は詳しくないのでよくわからないけど,百済では下賜したと思ってても,日本ではそう思ってないかも知れないとぼくは思う.博物館で案内する人,しかも校長先生をしてたんだから,もう少し事実を客観的に見て欲しい.先生は小学生に主に話をしていたので,ぼくは外人だとばれずにそこを立ち去ることができた.

ところで,清州では博物館へ行くまでが大変だった.ターミナルで向かい側からたしか120か710のバスに乗れと書いてあるから何十分も待っていたけど来なかった.付近にある地図を見るとそれほど遠くないし,ガイドブックを見るとバスで5分ってあるから,歩いても30分もあればつくだろうと思って,歩いて行くことにした.しかし,歩けど歩けど博物館どころか案内板もない.30分くらい歩いてやっと案内板を見つけて,それ通りに進んだら工業団地内に入ってしまって,ぜったいこれは違うと思い,タクシーに乗った.そしたら歩いて行くにはかなり遠い距離だった.絶対バスで5分じゃ着かない.

遺物展示館からターミナルとかに行こうと思った時もバス停で待っていてもいつまでもバスは来ないし,地元の人はタクシーに乗って行ったりする.街中に「直指」,「直指」と書いてあって(レッカー車にも書いてあった)観光客をよびたいらしいけど,地図やら案内がまだまだだ.

その後はバスで鳥致院まで行って,そこから無窮花号に乗ってソウルへ戻ってきた.立席しかなかったからちょっと大変だったけど,空いてる席を移動しながらなんとか座れた.2日目は移動がうまくいかなくて大変だったけど,まあその場で気が向いた所へ行ったので仕方ないかな.

1月は仕事があるから,2月日本へ帰る前にまたどこかへ行きたい.

29/12/2005

扶餘行って来ました

思い出作りシリーズ第5弾.今回は忠清南道は扶餘(ぷよ)に行って来た.百済の都だったところです.

朝8時10分に龍山駅から出発しようと思ってたんだけど,朝起きたらなぜか8時15分.仕方ないのであわてて準備をして急いで龍山へ向かって,9時20分発のKTXにぎりぎりで乗ることに成功した.とりあえず,それに乗って西大田駅まで行く.時間は約1時間.KTXってすてき.その後,無窮花号に乗り換えて論山まで行く.論山駅は駅の改札の反対側や改札を出て左の方へちょっと歩いて行った所のが栄えていて,改札前の道路はかなりさみしい.改札の反対側に市外バスターミナルがあるんだけど,ぼくが持っているガイドブックにはそんなことは出ていない.駅を出て右に少し行くとある,덕성여객というバス会社の一般バスに乗って扶餘まで行く.所要時間は1時間弱.ちなみに,市外バスターミナルから乗ると,そっちのバスでは30分で着く.かなり渋いところを通って行った.車内放送はなし.みんなあそこの橋の前で下ろしてくれとか言って降りていく.バス停はあまり関係ない模様.扶餘に着く少し前に百済王陵ってのがあって,バスから見ただけだけどなかなかよさそうな感じだった.

到着するとまずロッテリアで腹ごしらえをして,すぐ近くにある定林寺址に行ってみる.といっても石塔が一つと,高麗時代の石仏(しかも結構磨耗している)があるだけだった.僕以外には一般観光客はいなかった.観光ガイドの研修をやってるみたいで,その団体がいただけ.その次はまた近くにある国立扶餘博物館へ.一般大人の入館料は400ウォン.安い.博物館は展示室が4つくらいしかない小さいものだったけど,まあそれなりによかった.国宝287号の百済金銅大香炉がよかったかな.

その後はまたまた歩いて郷校を見たり(門が閉まってたので塀越しに見ただけ)しながら,扶蘇山城へ向かう.百済時代の王宮がここにあったと言われているらしいんだけど,今は百済時代の建造物は残ってなくて,池の跡とか軍倉の跡とかがある.楼とかは何ヶ所かにあるけど,それは朝鮮時代のものをどこかから移転したそうだ.丘と山の中間くらいで,しかも雪が積もっていたのでかなり歩くのは大変だった.なのに,どこから来たのかおじいちゃんやおばあちゃんがたくさんウォーキングに来ていた.

山の上からは白馬江(日本では「白村江」って歴史で習いましたが)とか扶餘の街が見渡せて,なかなかよかった.1300年以上前に(663年)日本から来た人がこのあたりで戦ってたんだと思うと,景色も何か違って見えます.写真で見てもあまりよくないのでぜひ扶餘に行ったら,扶蘇山城登ってみてください.百花亭のすぐ下には落花岩ってのがあって,百済が滅亡する時に官女さんたちが敵に辱めを受けるくらいなら,自殺してやるってことで飛び降りたらしい.

街の南に宮南池ってのがあったらしいけど,寒いので見には行かず,ターミナルに戻ってきてどこに行こうか考える.温泉に入りたくなって本当は水安堡か温陽に行きたかったんだけど,遠いので一度行ったことあるけど,一番近い儒城に行くことにした.とりあえず,バスで西大田バスターミナルまで行って,市内バスに乗り換えて,国鉄の大田駅へ.もう少ししたら地下鉄ができて儒城も行けるみたいだけど,まだ開通してなかった.ただ,駅とかホームは結構できてたみたい.腹ごしらえをしてからバスに乗って儒城へ.数年前に行った儒城はかなりさびれた温泉街って感じだったんだけど,道路も広くなって,高いビルとかアパートとかも建ってて,違うところに来たみたいだった.以前行ったことがあるリベラホテルの前を通ったらなんと倒産していて,真っ暗だった.近くで温泉がある安宿を見つけて,尋ねると温泉は9時まで.到着したのが8時40分くらい.朝は4時30分から入れるから,朝入れとのこと.仕方ないので部屋で少し休んで,することないから夜の街をぶらぶらして,明日の温泉にそなえて寝ることにした.

リンク

他の所で作ってるサイトにリンクをしてくれる人が結構いるんだけど,みんなトップページにしてくれない.Yahooの知恵袋で参考にあげられてることもけっこうある.漢字のところが多いんだけど,とあるところでは漢字の数が少ないのが欠点と言われてしまった.まあそれは本当のことだけど,真剣に漢字音を調べたければ辞書を見なければ無理.個人の力でそんなたくさんの漢字音カバーできるはずないのです.

フランスとか韓国とかのGoogleの検索にも引っかかるんだけど,日本語で書いてあるからきっと役にはたってないんだろうな.

23/12/2005

中央線乗って来ました

12月16日に開通した中央線に乗って来た.そのためにずーっと回基の駅を改築してたんだけど,かなりきれいになった.1号線と中央線のホームがわかれていて,昔ホームだったところはもう入れない.

こんな感じになってるんだけど,左に行くと外大前で右のまだ石が白い方の線路に行くと中央線の中浪駅.新しい路線になったからさぞかし本数も増えるんだろうと思ったけど,以前とほとんど変わらない.15分前後間隔で1時間に3本から4本くらい.

とりあえず,ここから電車に乗って終点の徳沼へ向かう.駅は回基-中浪-忘憂-養源-九里-陶濃-養正-徳沼.そのうち途中に駅がひとつ増えるみたい.どの駅も複線になってて結構大きい.養源の駅の周りはかなり何もなくて,結構田舎な雰囲気.そこを過ぎるとかなり長いトンネルがあってスピードもあがる.九里を過ぎると南楊州市に入る.陶濃の周りはビニールハウスがいっぱいで,養正の周りも何もない.

徳沼のあたりは南楊州市瓦阜邑徳沼里.駅にはなぜかおじいさんやおばあさんがたくさんいた.何かあったんだろうか?駅前はまあ写真の通りです.駅の反対側は階段を下りるとすぐにアパートが立ち並んでいる.駅から降りてぱっと見ると二村駅のあたりと少し似ていると思ったけど,少し歩いてみるとまったく違った.

駅から200Mくらい歩くとすぐに漢江がある. お散歩コースと自転車用道路がある.もっと暖かい季節に来るともっとよさそう. 見える山は多分廣州市南終面の정암산(403.3m)だと思うけど正しいかわからない.写真にない右側は河南市で,手前というか後ろはソウル市の江東区.実はソウルからすごく近いのである.

ということで,川の近くをぶらぶらして帰ってきました.

21/12/2005

忘年会と漫画家

昨日同じ職場の日本人の先生たちと忘年会をした.青鶴(刺身屋)→店名不明→Richというコース.3次会のお店は初めてだったけど,場所と建物の外見と似合わず,お店の中は結構いい雰囲気だった.

3次会で男3人で飲んでいると「新暗行御使」の原作者の尹仁完さんがたまたまやってきて,ちょっと一緒にお話をする.漫画家さんと話したのは多分はじめて.日本語は結構上手だった.日本帰ったら漫画読んでみようかな.

忘年会は結局25時30分くらいに引き上げてタクシーで帰ってきたけど,一番酔っていた先生はその漫画家さんとちょっと飲んでいくって言って1人で残っていた.お酒が強いってうらやましい.

20/12/2005

明洞の屋台

昨日明洞に映画を見に行った.ハリーポッターを見た.中央シネマに行ったんだけど,その中でも小さい部屋でお客も10人くらいしかいなかった.まあ,それはいいとして.

その後,明洞を少しぶらついた.寒いのに露天というか屋台というかでペヨンジュングッズ(もちろん勝手に作った商品)を売っていた.「寒いのによくやるなー」と思って見ていたら,突然「先生っ!」という声が.よく見ると売ってるのは去年教えてた子だった.バイトでやってるらしいけど,他のバイトとかよりは時給がいいらしい.ABCマートの向かいの細い道入った所で売ってたので,韓流スターファンの人はぜひ買ってあげてください.

他のところでは映画のDVDがあった.見たばかりの「ハリーポッター(해리 포터와 불의 잔)」とか「オールドボーイ(올드보이)」とか「ウェルカムトゥトンマッコル(웰컴투동막골)」とかがよく売れているらしい.しかも,そこは3枚1万ウォン.ただし,字幕はありません.

寒いので他の場所で,頼まれたヨンさまと権サンウのカレンダーを購入して帰りました.

19/12/2005

たばこを捨てるおやじ

ある日のこと.仕事の休憩時間にたばこを吸っていると,知らないおやじが近づいてきてたばこを1本くれと言う.まあ,韓国ではよくあることなので,おいはらうのも面倒なので1本あげる.そのおやじはすぐ横にある椅子に座ってたばこを吸い始めたんだけど,2,3口吸うと味が気に食わなかったのか,1mgで物足りなかったのか,火を消しもせずにゴミ箱に放り込んでさっさとその場から立ち去って行った.

あげた人が目の前にいるのに,ほとんど吸わず,しかも投げ捨てるようにして行ったのでちょっとむかついたけど,文化の違いかもしれないし,怒っても仕方ないのでがまんした.だったら最初からくれって言うなよな.

字幕

韓国のウェブ上には日本のドラマやお笑いや映画がいっぱいあって,(ほぼ)無限にダウンロードできます.映画なんかはCD1枚分くらいになってダウンロードするのに時間がかかるし,そこまでして日本のものを見ようとも思わないのでぼくはやったことないけど.

ところで,誰でもただでダウンロードできる不法なものにもかかわらず,それらには韓国語の字幕がついている.誰がこんなのつけるんだろうなーとずっと思っていたんだけど,学生の中にやってる人がいた.そういうグループがあって分担して字幕を作るらしい.字幕をつけるためのソフトもあるんだって.ちなみに,趣味でやってるのでお金はもらえないとのこと.まあ,もらうにしても誰からもらえばいいやら.

ケーブルテレビでも日本のドラマをよく放映しているんだけど,当然そこにも字幕がついている.だけど結構間違ってることが多い.「鰈(かれい)の煮付け」が「カレー」になってたり,「迷惑かけて」が「心配かけて」になってたり.意訳するのは仕方ないとして,明らかな間違いはどうにかならないものかな.お金もらってやってるんだからさ.翻訳版の漫画なんか特に翻訳がひどくて,意味がまったく逆になってたりするのもあるので,みなさん要注意です.

18/12/2005

学会行ってきました

今週で2学期の授業が全部終わった.いつもながら1学期って短い.
今週は国語学会と日語日文学会に行ってきた.国語学会は韓国学中央研究院(旧精神文化研究院)であった.例年より中期語とか近代語関連の発表が多かった.講座も含めて3日間あったんだけど,仕事の都合もあって15日の木曜日しか行けなかった.日語日文学会の方は今日(17日)あった.場所は祥明大学校.午前中に行って,発表聞いて,昼ごはん食べて,本を買ってちょっと早めに帰ってきた.
とある先生が言ってたけど,発表する人が少なくて頼んで発表してもらったりしているそうだ.そこまでして,3日間とか分科会を10個も作ったりとかしなければいいとぼくは思う.発表の質も落ちるし,来る人も少なくなるからだ.韓国では日本語関連の学会が非常に多く,あちこちで学会が開かれるというのも原因の一つであると思う.

学会が開かれる場所も結構交通が不便な場所でやることも多くて,それもちょっと困る.それに,韓国では12月に学会がよく開かれるんだけど,寒くてかなわん.今外の気温は-13.3℃.体感気温は-16.9℃だって.昼間は当然もっと暖かいけど,今日は風が強くてほんと死ぬかと思った.

16/12/2005

中央線開通

地下鉄1号線清涼里~徳沼までの17.2km区間が今日12月16日開通した.「中央線」って言うそうだ.今まで龍山~城北を運行していたものが,回基から忘憂方面へ分かれて,九里を通って徳沼まで行く.
(詳しく見たければ写真をクリック)

ということで,外大前より北から龍山行に乗りたい場合,回基で乗り換えなくてはいけなくなった.まあ,めったに乗らないからいいけど.来週暇があったら徳沼まで行ってこようと思う.

あと確か21日の15時から1号線と6号線の東廟前の駅がつながる.そのうち1回降りて,乗り換えしてみよっと.

13/12/2005

仁川行ってきました

今週は仁川へ行ってきました.とりあえず1号線に乗って東仁川で降りる.駅前はまあまあ栄えているかな.そこから地下街に入ると,延々と続いているのでちょっと服を買ったりしてみる.
(右は今も昔も仁川郵便局.なかなか趣のある建物)
地下街の一番端まで数百メートル歩いて外に出ると,畓洞ロータリーです.昔その近くに日本人街があったという新興洞のあたりをちょっとぶらぶらとしてみる.いくつか昔風の建物があったけど,いまいち雰囲気はなし.そこで,市立図書館に行くことに.市立図書館旧館は当時のままらしいので.まあまあそれらしき木造の建物を見て次の目的地へ.

次は中央洞のあたり.仁川郵便局や五十八銀行(たしか下の写真の建物),十八銀行など日本時代に建てられた建築物を見ながらチャイナタウンの方向へ.それ以外にも,昔に建てられた(と思われる)建物がかなりある. 昔倉庫だったんだろなと思わせるものや,ぱっと見当時の建物じゃないんだけど,一部を改築してあってよくみると部分的にそれらしきものなどなど.

昔日本領事館として使われていた中区庁舎も見てみたけど,あまり昔っぽい感じはしなかった.日本と清の租界地の境界を過ぎると,突然建物の雰囲気が中国風にかわる.境目には階段があって,そこを登って行くと自由公園(昔は違う名前だった)がある.なぜかマッカーサーの銅像が立っていて,警察ともと海兵のみなさんが,日本の機動隊のみなさんのような格好で銅像を守っていた.

(知ってはいたけど)中華街は横浜のものに比べると,かなり規模は小さい. まあ,それでも中国の雑貨とかお酒とかお菓子とかチャイナ服とか色々売っていた.しかし,寒くて人はまばらだった.

そこを抜けると仁川の駅舎がある.京仁線は1899年9月18日に仁川と鷺梁津の33.8kmが開通したそうなんだけど,1900年5月に仁川の駅舎は竣工したそうです.韓国鉄道の最古の建物です.でも,見た感じは普通の駅舎.言われなければわからなかった.

最後に行ったのは月尾島.仁川駅から歩いて行くと2kmくらい.よせばいいのに寒い中歩いてしまいました.埠頭を抜けて,造成中の公園を抜けて,やっと目的地へ.寒いので人はやはりあまりいません.ソウルとかと違ってちょっと寂れた感じの街並みがなかなかよい感じを醸し出しています.

遊園地もあるんだけど,乗っている人はなし.海沿いに出たら風が強くて,さすがに寒さに耐えられなくなったので,すぐに退散.バスに乗って,街を見ながら富平駅まで行ってみた.この駅前はかなり栄えていた.そこでちょっと休憩して龍山行きの急行に乗って帰る.だけど,この急行あまり早くない.もっと大胆に駅をとばしてくれるといいんだけど.
寒くなってきて,そろそろあちこち遊びに行くのも限界かなと思った一日でした.

寒いです

ソウルにも本格的に冬がやってきました.現在の気温は-6.8度.昨日は江陵では-17度くらいになったそうな.明日の予想は最低-10度で最高-3度らしい.これからずっとこんななのかな.いやだな.

12/12/2005

一直線

髪を切りに行ってきた.3,4センチ切ってくれと言ったんだけど,前髪が結構短くなってしまった.かなり一直線でちょっとはずかしい.まあ,8000ウォンしかしないからいいけど.ちなみに安いところでは5000ウォンくらいでも切れます.
駅前の美容室が入っているビルは今日水が漏れていた.2階の飲食店は夕方から営業ってところも.
まだそこまで寒くないから水道管が破裂したわけじゃないだろうけど,そろそろうちも気をつけないとな.

10/12/2005

ウォンが

今かなり強いらしい.
1000ウォンが116.19円で100円が859.49ウォン.
ということは100万ウォンを円にすると,11万6千円になるってことに.
最初に韓国に来たときは,ちょうど1000ウォン=100円くらいだったからなんだか得したような気分になる.今のうちにウォンを円に替えておこうかな.

冬山登山


(前からつづく)と言ってもそんなに(というかまったく)本格的ではありません.

お昼を食べてから,売票所まで少し歩く.韓国の山は大体入山料をとる.でも,売票所に人がちょうどいなかったので,これ幸いと無視して通過.

3時間かかるという第3コースを登ることにする.おととい降った雪がまだ残ってて少し滑ったけど,まあまあ大丈夫.山登りっぽい格好を全然してなかったので(ショルダーバックを持っていた),すれ違った人に「それで登の?すべるでしょ」みたいなことを言われた.でも,山登るつもりで来たんじゃないからしょうがないじゃん.

途中に「豹滝(표범폭포)」って滝があったんだけど,凍っててきれいだった.途中道が険しくなって引き換えそうかと思ったりしたんだけど,なんとかがんばって頂上まで登った.所要時間は1時間半.

途中軍の施設や昔の(もしかしたら今も?)壕があったり,兵隊さんがいたり,頂上のすぐ横がヘリポートだったりした.

頂上ではおじさんが3人,キャンプ用のコンロでラーメンとコーヒーを作っていて,コーヒーとかをごちそうになる.韓国語で話したが途中で外人とばれる.ちくしょう.もっと色々食べていけと言われたが,寒かったし,16時の電車に乗りたかったので,お礼を言って早々に頂上を立ち去る.

ちなみに,駅まで降りて温度計を見たら-2℃で,それで「あーあったかい」って思ったので,きっと頂上辺りは-6,7℃くらいはあったんだと思う.寒かった.かすんでなければ,頂上から北朝鮮の方まで見えるはずだったのによく見えなくて残念.

一人旅 12月5日の巻

今週もまた電車に乗って一人旅.場所は新炭里.京元線で議政府から1時間20分くらい.南北に分かれてなければ,北朝鮮の元山ってところまで行けるんだけど,ここまでで線路はおしまい.

10:20議政府駅発新炭里行きの電車に乗る.値段は先週と同じく1400ウォン.電車も同じ.京義線もそうだけど一部複線工事をしている.いつも利用している人はきれいになった方がいいんだろうけど,趣がなくなるよな.

駅に着いてから,右へ歩くと踏切がある.そこから鉄道の中断点まで線路をちょっと歩いて行ってみる.

その後,ちょうどお昼でおなかが空いたので,駅前の食堂でテンジャン麦飯(5000ウォン)を食べる.なかなかおいしかった.ご飯を食べ終わると12:20くらい.せっかく来たし,天気もよかったので高臺山(832m)に登ってみることにした.(つづく)

都羅山

韓国は一応北朝鮮と休戦中.国境というのはなくて,軍事境界線というのがある.

急にどこかに行きたくなって,都羅山に行ってきた.都羅山は鉄道の分断点.線路がつながっていれば,開城とか平壌まで行ける.ソウルから50kmくらい.京義線で1時間半くらい.

10:50ソウル駅発都羅山行きの電車に乗る.値段は1400ウォン.ディーゼル車で,出発するときにエンジンの音がすごい.電車は思ったより混んでいた.電車は都羅山まで行くんだけど,とりあえず臨津江駅で強制的におろされる.ソウルは晴れていたのに,着いたら雪が降っていた.

山を越えて数km行くともう北朝鮮.そこで,身分証明証を提示して,ツアーで第3トンネル(昔北がスパイを送り込むため掘ったトンネル)とか見に行くのか(その場合はそこでチケットを買う),都羅山の駅だけ見に行くのか申告して,切符に判子をおしてもらう.寒いし,おばちゃんに聞くと見学時間はおよそ3時間と言われ,帰るのが遅くなるのが嫌だったので,駅だけ見てくることにする.

都羅山はとなりの駅で5分もあればつくのだけど,次の電車は1時間10分後.仕方ないので,臨津閣やら自由の橋やらをぶらぶらと見学する.電車に乗る前に帰りの切符と身分証明証を憲兵さんに見せて,かばんをX線に通して,金属探知機をクリアしてやっと電車に乗る.

ついたら,駅舎が超新築(一部建築中)で緊張感も何もなかった.ぼくはツアーじゃなかったので,駅舎のすぐそばにある駐車場にも行っては行けないと言われ,仕方ないのでぶらぶらして10分後くらいに出発するソウル行きの電車に乗り帰って来た.それにしても,安上がりの旅だった.

脱北者シンポジウム

11月19日にある人に誘われて脱北者に関するシンポジウムに参加した.北朝鮮から韓国へ来た若い人たちの生の声を聞けてよかった.韓国へ来るまでにどのような苦労があったか,韓国へ来てからどのような苦労や葛藤があったのかなど興味深い内容だった.韓国に来てから生活できるように教育をおこなうセンネッ(3,4)学校(셋넷학교)や統一部のハナ院のハナトゥル(1,2)学校(하나둘학교)のことなど知らないことを色々と知った.個人的に少しお話した崔さんもアイデンティティについてなどすごく悩んだそうだが,今はふっきれたそうだ.ぼくらが想像はできても実感できない人生を生きてきた彼らの中に,人間としての強さのようなものを感じた.うまく表現できないけど,ニュースを見るのと実際に会って話を聞くのは違うなと思った.

とりあえず

とりあえずブログを作ったけど操作がよくわからない...